はじめに
こんにちは、藤田です。バイセルでは研究チーム(BuySell Research)のマネージャーをしています。
research.buysell-technologies.com
このブログを読んでいる方の多くは「開発(Development)」に携わっていると思いますので、ソフトウェア開発のことならよく知っていると考えているのですが、「研究(Research)」のことはあまり知らないのではないでしょうか。
この記事では「そもそも研究って何だろう?」というところから始めて、そのおもしろさや重要性を皆さんに知ってもらいたいと思います。
「開発(Development)」と「研究(Research)」は何が違うか?
「開発」と「研究」にはそれぞれ様々な定義がありますが、私は次のように定義しています。
- 開発:すでに確立された問題解決のプロセスをソフトウェアとして実現していく取り組み
- 研究:情報処理による新しい問題解決のプロセスを発見・確立していく取り組み
言い換えれば、既存のアルゴリズムを実装することで問題解決を具現化するのが「開発」であり、問題解決の方法が分からない状態からそれ(アルゴリズム)を新しく発見するのが「研究」ということです。
研究にとってアルゴリズムは、まったくの「未知」です。どういう手順で情報を処理すれば問題解決に至るのか、さっぱり分からないのです。そんな状態から出発し、試行錯誤を繰り返して最終的に新しいアルゴリズムを「発見」する———これが研究の仕事です。
なぜ「研究」が必要か?
それでは、なぜ「研究」というファンクションが必要なのでしょうか?
特に、バイセルが研究に力を入れなければならない理由はなんでしょうか? 例えば、NTT のような巨大企業が「研究」を持っているのは理解できるとしても、バイセルのような中堅企業がそれを持っていることには違和感を覚える———という方がいるかもしれません。
これにひとことで答えると「事業成長のパラダイムを変えるため」になります。
バイセルが手がける「リユース」というビジネスでは、営業の人数を増やすほど売り上げは線形に伸びていきます。現場で買取・販売を担う人の数が増えれば、それに比例して買取量・販売量が増えるからです。
この比例係数を大きくし、人数増に対する売上増を加速させる役割を担うのが「開発」です。具体的には、ソフトウェア化による DX をとおして、現場オペレーションを効率化することによってこれを実現します。
しかし、それだけでは「線形」という事業成長のパラダイムは変わらないため、「人数増に対する売上増」には限界があります。
そこで「研究」の出番です。新しく発見したアルゴリズムで事業の構造自体を刷新し、「線形」の成長パラダイムを「非線形」に変えて限界突破を実現するのです。
もちろん、簡単なことではありませんし、すぐに成果が出るようなものでもありません。失敗に終わることも多いでしょう。
しかし、空振り覚悟のホームラン狙いでフルスイングする———これが研究の本質であり、バイセルが志向する事業成長の姿なのです。
どんな研究を進めているか?
バイセルでは、様々な研究プロジェクトを企画・推進しています。ここでは、その一部を紹介します。
MMM によるマーケティング環境のモデル化
バイセルの場合、買取サイドは完全に toC である(一般のお客様のみからリユース品を仕入れている)ため、広く一般の認知を獲得するために年間 60 億円を超える広告宣伝費を投下しています。売上高が 500 億円規模のバイセルにすれば、莫大な支出です。
もちろん、多額の広告費を投じる戦略は慎重に検討しています。「不用品を買い取って欲しい」というお客様からの問い合わせ傾向に基づいて、当社マーケターが綿密に出稿計画を立て、その効果を最大化しようと常に努力しています。
一方で、MMM(マーケティングミックスモデリング)を応用すれば、複雑なマーケティング環境を構造化し、出稿計画に対する問い合わせ件数を予測できる可能性があります。もしこれができれば、その予測結果をセカンドオピニオン的に機能させ、マーケターの活動を補助できるでしょう。
それにしても、「マーケティング環境をモデル化する」なんて、技術的にできることなのでしょうか? 結論を先に書くと「極めて難しいが不可能ではない」ということになります。
お客様が「当社に問い合わせをする」という事象の背後には、データとして観測できない事象が無限にあり、これらが複雑に影響を及ぼし合っています。そこで「問い合わせ」という結果に対して支配的に影響する事象だけを慎重に取り出し、シンプルなモデルと大量のデータで事象の動向を近似することができそうです。
これによって出稿計画の精度が上がり、もし広告効果を維持したまま費用を3%削減できたら———これだけで利益が2億円近く増えることになります。営業利益が40億円規模のバイセルにすれば、とんでもなく大きなインパクトです。
そのため、バイセルではこの研究をいま精力的に推進しているところです。
音声データ解析のイネーブルメントへの応用
お客様からお電話でお問い合わせをいただいたときは、当社のセールス(営業)が応対します。 ここで、トップセールスは、お客様からリクエストを引き出してどんどん買取点数を引き上げることができるのですが、その再現性を見出すことは難しいとされてきました。
一方で、応対を録音した音声データを解析することで、トップセールスがお客様とやりとりするときの「傾向」を明らかにできる可能性があります。これを新人のセールスにフィードバックすれば、トップセールスの暗黙的なノウハウを盛り込んだ教育(イネーブルメント)ができそうです。
それにしても、暗黙的な「傾向」を形式知化するなんて、技術的にできることなのでしょうか? 結論を先に書くと、これも「極めて難しいが不可能ではない」に該当すると考えています。
トップセールスと新人セールスとの違いは、音声ダイナミクスの差として現れます。そのダイナミクスには多数の要素(声の高低、トーンなど)が畳み込まれており、そのなかには「傾向」を示唆する固有の要素も含まれているはずです。
これを音響解析や自然言語処理などの技術を駆使して特定できれば、音声データから「傾向」を取り出すことができるかもしれません。もちろん、それは断片的にしか含まれていませんので、数理的には一筋縄ではいかないチャレンジングな試みです。
しかし、これによってセールスの電話応対の品質が改善され、もし1回の問い合わせに対する買取点数を平均3%向上できたら———年間26万件の出張訪問(2023年実績)を行っているバイセルの買取点数は、劇的に増えることになるでしょう。
そのため、バイセルではこの研究も精力的に推進しているところです。
画像認識を用いた商品特定の支援
リユース品を査定する場合、まずはそのリユース品の情報(商品名・ブランド・型番・年代など)を特定する必要があります。 現在は、この特定作業を熟練した査定士による目視に頼っているのですが、この属人的なオペレーションでは査定スピードに限界があります。
そこで、バイセルでは画像認識を使った商品特定の支援を実現しています。具体的には、「酒類」と「ブランドバッグ」の2つのカテゴリにおいて、それぞれ約5万点、約74万点の商品画像データを使って認識モデルを学習させ、新たに撮影した画像から商品特定を行います。
これにより、1商品あたりの平均査定時間を、酒類においては約2分30秒から約20秒へと約90%短縮、ブランドバッグにおいては約4分30秒から約50秒へと約80%短縮することができました。
将来的には、商品特定だけでなく、すべての査定プロセスを自動化し、人間の手に頼らないオペレーションが構築できると信じています。 その実現に向けて、いまは画像認識に用いる各要素技術に磨きをかけているところです。
他にどのような活動を進めているか?
各種学会におけるスポンサー展示にも力を入れています。 2024年は、情報処理学会、人工知能学会、MIRU(画像の認識・理解シンポジウム)にスポンサーとして出展してきました。
いずれもたくさんの方々に当社ブースを訪れていただき、日頃の研究の内容をアピールすることができました。
おわりに
今回は、バイセルの研究チーム(BuySell Research)を紹介させていただきました。 バイセルが、新たな技術でリユースの未来を変えるテクノロジー企業であることが、伝わったでしょうか?
さて、バイセルでは、腕に覚えのある研究者を募集......いまはしていないのですが......来期にまた募集をかけると思います。その時まで「バイセルは研究チームを持っているテクノロジーカンパニーだ!」ということを覚えていてくれると嬉しいです。